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5日目 ついに旅行も後半に入ってしまいました。
    まだまだ居たいトルコ コンヤからカッパドキアに向かいます。
    途中スルタンハンで、シルクロードを往来していたキャラバン隊が泊まっていた
    隊商宿にほんのちょこっと寄ります。
    そして私の苦手な軟禁商法もあるのですが、、、、、、


 
 今日のドライブ、そんなに辛くありません。約250Kmですから、、、、ぁ?。
 道は高速道ではなく、昔々キャラバン隊が歩いたシルクロードの上に作られています。石ころだらけの丘陵地帯を通り、昔も使ったであろう井戸のある峠を越えてバスは進んで行きます。大丈夫、道はそんなに揺れません。
ここを香辛料や絹、黄金を求めて行き交った隊商が通っていたのです。元々遊牧民族だからこそ、荒野を行き交う術を持っていたのでしょうね。ロマンだなぁ、男のロマンを感じるなぁ、私も渡ってみたいシルクロード、そんなツアーに参加したいなんてことを軽々しく思ってやってみると、トルコに着く頃には、疲れ切って誰も口をきかなくなるそうです。私には真似ごとだけで十分の様です。


 途中のスルタンハンで、そんな隊商が体を休めた隊商宿跡に停まります。中を見学かな?と思っていると、「トイレ休憩をします。入ってみたい方はどうぞ、入場料は3TLでぇす。」とのこと。
sultanhan.jpg
高い壁に覆われ、夜にはたいまつも焚かれていたとのこと。

 一人シルクロードの妄想にふける私は、お土産屋が気がかりな妻を急き立て、隊商宿の門をくぐるのでした。管理人だか、ただのおっちゃんなのか判らない男が「サンリラ さんりら」と手を出します。おーっ流石隊商宿、バイリンガルなのねぇ(^^;)。

 お土産よりロマンなんて言ってた私ですが、実は隊商宿の前にあるお土産屋で、欲しくて探していインスタントのドンドゥルマ(アイスクリーム)の素を発見しちゃったんですけどね。


コンヤからこの隊商宿と同じくらいの時間走って、カイマルクに到着しました。
カイマルクでは、キリスト教が迫害されていた頃発達した地下都市跡が、三十数カ所発見されているそうです。中には8~9階もあり1万数千人が暮らしていた都市も有るそうですが、案内された地下都市跡は、地下4~5層ほどだそうで、お年寄りにも案内し易いんだそうです。
 今回の旅行先を決めてから、妻は出発前日まで仕事でした。普段も旅行ではほとんど私任せの妻ですが、今回はそれに輪をかけて下調べもしていません。
しかし旅行中はガイドさんの説明を聞き逃すまいと、ピタリとガイドさんに付いて歩きます。

kappadokia.jpg

 私と言えば、旅行のお土産は写真とビデオしかないのだとばかりに、カメラを構えビデオのモニターをのぞき込んで歩きますので、どうしても妻に追いつかず、他の皆さんの最後尾について歩く格好になってしまいます。
まるで新婚旅行で喧嘩して、新妻を必死で追いかける新郎の様な様相です。その上、今回の現地ガイドさんの足の速いのなんの。体型に似合わず(ごめんなさい)、スケートでも滑るように、淀みもなくスイスイと各部屋を移動します。
 地下都市は各層に個人の住居区、集団生活の様々な役割の部屋があるのですが、その部屋に続く階段や通路は、両肩がその壁に擦れ、高さを確かめようと顔を上を向けようとすると、すぐに頭をぶつけてしまうほど低い天井が続くのです。地下都市での私は、蛙跳びやアヒル歩きを続ける、さながらスポーツ根性ドラマの主人公の様相でした。ここは、ある程度背丈のある方にはつらい観光になるかも知れません。
 ツアーの皆さんが各部屋に辿り着くと、程良い天井の高さを保った場所は、ほとんど一杯になり、私はその手前の入り口通路辺りで、よしんば部屋の中に入り切れたとしても、普通に立っていられる場所はすでになく、頭を垂れ、腰を屈め、膝を折って、ガイドさんの説明を聞いていなければなりません。その上、愛しい?妻の姿を一目撮ろうと、天井にぶつかりそうな頭をもたげてカメラを構えるんですから、世にもあっぱれな愛すべき?老夫の姿、どうか賞賛頂きますようお願い申し上げる次第でございます。
 実際、通路や階段では3度ほど頭を天井に強かぶつけ、思わず肩から掛けたカメラを堅い床に転がせて、何階まで降りたのか何階昇ったのか見当も付かないままに、私のこのトルコ スポーツ根性ドラマを終えました。旅行中食べ過ぎの私には良い負荷運動になったのかも知れません。

今日は昼食は1時過ぎだと言われていました。レストランが混めば待たなくてはいけないと。
本日の昼食、洞窟レストランで鱒料理。「でもそじゃマツ(待つ)料理でしょ」ってガイドさんにツッコミを入れたら、今度使わせて下さいとのことでした。おじさんのギャグも理解する優秀なガイドさんです。
だがしかし、予定の変更はしてくれないガイドさんで(当たり前)、昼食後は絨毯屋さんです。
旅行規約に書かれている第2番目のお買い物タイムです。
この軟禁タイムがどうにも苦手なんですが、この絨毯屋のクルドのおじさんのセールストークは聞かせます。軟禁商法よりこの洗脳トークが何ともすごい。
思わず「それ買ったあ!!」と言っちゃいそうでした(笑)。まあトルコツアーでは必ずと言っていいほど寄る店の様ですので、そのトークは現地でお楽しみ下さい。(クルド人の特徴は左右の眉が繋がっているのだそうです、確かに、、、、)
 絨毯を知ってる方は、中国で緞通買うならこっちだと言うらしいです。ペルシャ絨毯買うならトルコ絨毯だと言います。それもヘレケ。ヘレケ村のシルクの絨毯が、世界でも最高の絨毯だとものの本にもあります。ほんとなのかどうなのか、そんなこと私の生活水準では知るよしもなく。耳学問ではヘレケのものには、裏側に織り主の名も付いているとのこと。
carpet.jpg
外国語習得は、商売をするか恋愛をしないさいの証明のような
クルド人マネージャーの商品説明に聞き惚れました。


 カイセリ産も有名ですが、ヘレケ産は中古の買い取り店が日本にも有るくらいです。
このトルコ絨毯、どの位の価格かというと、カイセリで1平方m当たり15万円位。対してヘレケの最高品質のもので、1平方m当たり50万円超だそうです。このクラスになると織り目も1平方cm当たり、26×26目だそうで、表面の光沢たるや眩しいくらいになります。写真の赤いもので、20×20目なかったと思います。右はウールです。
世界一高い絨毯はと言えば、空飛ぶ絨毯だそうですが、ここでは扱っていませんでした(笑)。ただ目が飛び出しそうな値段のものは沢山ありましたよ。
さすが?の私も、この時間で何百万の買い物の決断はつきかねましたので、購入は次回のトルコ訪問の時と言うことで、以上、絨毯屋さんの報告はこれにてお終い。この絨毯屋さんどこに有るのか、場所の調べがつきませんでした。次に行こうにも行けませんこともご報告しておきますチャンチャン。
絨毯屋さんでの注意としては、商品プレゼンのために、絨毯をバッサバッサとやるので、喘息やアレルギーの方はご注意下さい。私も目がしょぼつきました。


 実は、昼過ぎから雨がポツリポツリと降り始め、旅行中初めての雨天となりました。明日の天気予報を見ますと、午後からは回復しそうな感じですが、一日雨の予報です。

 本日の宿、イルトゥック ホテル(ネヴサヒール アヴァノス付近)ですが、周りには何もなく、ホテル自体の設備も今回の旅行では不満がある唯一のホテルでした。
トイレのロックは効かず、暖房のファンの音もカラカラと大きな音が立ち、ちょっと寝苦しそう。フロントには周辺の地図の用意は有りません。
yiltok.jpg

 明日午前中は自由行動ですが、オプションツアーに全く申し込んでいない我が家は、足の向くまま気の向くままの行動です。ホテルの場所が分かりませんので、持って来たPCでグーグルマップを表示させ、フロントでここがどこか、タクシーやバスなどの情報ももらいました。ここではタクシーにメーターはないのだそうで、此処から何処どこまでいくらだと値段を運転手に聞くんだそうです。バスはピックアップ方式の観光バスはないそうで、路線バスの利用も難しそうです。
明日は天候を見てから行動を決めることにします。
この日の夜も妻とバーでくつろいでいましたが、同じツアーの方は誰も姿を現しません。周りはフランスの団体さんです。
ところで、フランス人はまず自分から話しかけてきませんね。ドキドキしなくとも大丈夫。
ドイツの方とイタリアの方は話しかけてくれることもあります。イタリアの団体さんはこんな場所でも大声で、身振り手振りを交えながら談笑をしているのをよく見かけます。
トルコの観光客の内、日本人は1%程度だと言うことです。でも日本からは他の国からの乗り換え便での入国が、ほとんど同じ便で、同じ現地催行会社が取り扱うようなのでスケジュールもほぼ同じ、まるでトルコは日本人だらけの様に感じてしまいますが、ホテル内を含め、個人行動をするとほとんど日本人に会わなくなります。
さて明日は寝坊をすることにしましょう。雨がひどければ、体を休めるも良し、、、、、、、




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