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旅行7日目

 今日はホテルを出るとすぐに、アンカラ市内でアタチュルク廟を訪れ、後はイスタンブールまでひたすら移動の日となります。




 今日の分の記事は少ないので、昨日のことも少し書いておきましょう。
ハイキングの後は4時間ほど掛かってトルコの首都、アンカラへ到着となりました。
降っていた雨も移動途中で止み、アンカラ手前では車窓から綺麗な夕日を見ることも出来ました。

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左下:エフェスの黒といつものドラフト   . 
右下:甘すぎて完食できなかったデザート

 宿泊ホテルはデデマン・アンカラ。
ホテルのロケーションは良く、フロントスタッフもトルコのホテルでは、初めて笑顔を見せて対応してくれるホテルでしたが、如何せん到着時刻が遅すぎます。夕刻8時過ぎに着いて、部屋に入らずそのまま夕食となり、部屋に入りスーツケースを開けるともう9時過ぎ。
インターネット接続の説明を受けたり両替をするために、フロントに降りたついでにホテルの周りもちらりと見回してきましたが、すでにレストラン以外、営業時間を過ぎているようで照明こそ明るいのですが、ちょっと物寂しい雰囲気です。少し歩くとアタチュルク大通りもあるのですが、散策は諦めました。
実は妻も、今朝のアヴァノスでの散策や、雨のハイキングで風邪気味の様で不調を訴えていました。

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デデマンアンカラとその周辺


 話を今日に戻しましょう。
旅行7日目を迎える窓から見えるお天気は、抜けるような青空が広がっています。今日一日は行いを正してお天気を変えないようにしなくては、、、、。

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このホテル、朝食の品揃えも良くて、蜂蜜も巣箱の中からそのまま出したような、巣一枚ごとが出されていたりで、嬉しくなる朝食でした。上海インターコンチネンタル浦東に引けを取らない魅力的な朝食の品揃えです。
お腹が空いては戦が出来ない質の私ですから、朝からちゃんと食べます。お腹の用意が出来たら出発です。
 
 トルコ一帯を含むここアナトリアの歴史は、ノアの箱船が漂着したアララト山もトルコですので、とんでもなく古い訳です。しかし現トルコ共和国は第一次世界大戦後、トルコ革命を率いたムスタファ・ケマル・パシャ=ケマル・アタチュルクが建国の祖となる訳ですから、新しい国とも言えるでしょう。
アンカラも計画都市で、ここ100年の間に今の姿になったそうです。そのアンカラにはこの建国者アタチュルクの廟が建立されていますが、今日はここの見学がメインとなります。此処には海外からの要人も訪れるそうで、この日もそんな様子を見ることが出来ました。
トルコでは古くからのイスラム思想に基づく価値観と、新しい国を作ろうとしたアタチュルクの思想とのせめぎ合いが今も有るとのことですが、アタチュルク人気はなお健在と印象を受けました。
 
アタチュルク
何処でも写真の許可は快く承諾して頂きました。
引率の先生が、わざわざ子供達を止めて、、、。

 ここアンカラにはトルコらしい観光スポットはないとのことで、この廟を出ると、双六の様にトルコ旅行の振り出しの地にして、最後の宿泊地イスタンブールへと、バスは高速道をひた走ることになります。

 今まではアジアを旅してきた訳ですが、イスタンブールはボスポラス海峡を隔てて、ヨーロッパサイド/アジアサイドに分かれていて、海峡の橋を渡るとそこはヨーロッパってことになる訳です。
海峡には第1ビスポラス橋、第2ビスポラス橋と2本の大きな橋が架かり、これがヨーロッパとアジアを繋いでいます。言い換えれば、両大陸を繋ぐ橋は2本しかないのですから、その手前は混むって言うことです。実際、橋の手前は混んでいて、高速道路上のはずですが、その渋滞中の車相手にジプシーやクルド人の物売りの姿が見られます。今や名物になっていいるとか、、、。バスの窓は開きませんので、物売りはバスには寄ってきません。ちょっと寂しい気もします。残念。
ちょっと残念と言えば、今日の夕食は中華なんです。トルコ料理が気に入った私たち夫婦にとって、この中華料理はイマイチでした。場所がタクシム広場のすぐ傍でしたので、希望者は、ここから夕食もお好きにどうぞってことでお願いしたかったくらいですが、ホテルの部屋割りもまだで、荷物も部屋に入れられないとのことで、現地ガイドさんはOKでしたが、随行員さんのOKが出ませんでした。すぐにでもガラタ塔などへ向かいたいと言う人も多かった様ですが、いずれにせよ我が家は妻が風邪で不調のため、今夜は出歩くことは出来ませんでした。
ホテルに着いてから仕方なく、私一人でホテル界隈のシシュリ辺りまで徘徊して、ビールを仕入れに歩いたのですが、情報提供しますと、この界隈は坂道が多く、結構疲れます。住宅街(マンション多し)ですが、街灯も少なく暗いですし、シシュリの地下鉄の駅へも複雑な道路ですので、市街地まで出るのであれば、潔くタクシーを使った方が良さそうです。もちろんイスタンブールのタクシーにはメーターが付いているとのことです。

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旅行最後の宿泊地、イスタンブール

 この日のオプショナルツアーはベリーダンスと民族舞踊が用意されていましたが、参加者なしだったとのこと。行かれる方はそれぞれ個人で行かれたようです。
もう旅行も最後ですし、妻の体調が良ければ、実はイスタンブールは少し土地勘も有りますので、夜も出歩きたかった街でした。
でもゆっくりスーツケースの帰国用整理も出来ましたので、良しとしましょう。ビールは昨夜初めて飲んだエフェスの黒を手に入れてきました。お風呂につかり、トルコのビールを片手に最後の夜をのんびり過ごしたのでした。

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